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2011年1月24日 (月)

書を捨てよ町へ出よう/さらば箱舟

20年以上前の話だけど、一緒に8ミリ映画を撮ってた仲間に寺山修司の崇拝者が居て、その魅力を熱く語られたり強く薦められたりしたものの何故か全く観る気になれなかった。理由としては直感みたいなもんだけど多分、俺とは相性悪いんじゃないかなあ・・と思ったから。それは当時ダイジェスト的に何かの番組で田園に死すの一場面を観てちょっと違うと思った事も強く影響してる。

それから長い年月を経て昨年か一昨年に田園に死すを初めて全編観たけど、予想通り全く乗れなかった。それでも1本だけ観て結論付けるのは違うし、何時か他の作品も観ておかなくちゃと思いつつ観る気にもなれず今に至る。

そして重い腰を上げ、ここ数日で書を捨てよ町へ出ようさらば箱舟を観たんだけど寺山修司(の映像作品)に対する印象は更に悪化してしまった。とにかく何をやりたいのか、何を訴えかけたいのかがさっぱり分からない・・と言うかその魅力が理解出来ない。恐らく作品としては決して悪い物じゃないんだと思う。そこに魅力を見出す人が数多くいるからこそ今の時代にもDVD化されてる筈だし。

もう、何というか波長が合わないのね。決してアヴァンギャルドだからとかそういう事じゃなくて空気感が肌に合わない。特に書を捨てよ町へ出ようは俺にとって凄まじく苦痛で、通勤途中の電車内だからこそ2日かけて全編観られたけど、劇場で約2時間半も付き合わされるのは拷問に近い。いや、我慢出来なくて劇場を飛び出してたかも。

そもそも俺はアヴァンギャルドが嫌いな人間じゃない。それこそ学生時代にはアヴァンギャルド系の自主映画を撮ってたぐらいだし。でも寺山修司製のアヴァンギャルドはホントにダメ。その理由が何なのか自分なりに分析してみたんだけど、最大の理由は登場人物が饒舌って所なのかな~、と。

個人的に好きなアヴァンギャルド映画を思い付くままに列挙するとリンチのイレイザーヘッド、スコリモフスキーのバリエラ、タルコフスキーの惑星ソラリス、レネの去年マリエンバートで、あと吉田喜重のさらば夏の光か。いずれも登場人物は寡黙でほとんど台詞がない。

逆にダメなのはパゾリーニ諸作品、ホドロフスキーのエル・トポ、シュレンドルフのブリキの太鼓(これはアヴァンギャルドじゃないか・・)。寺山作品も含め、ドラマ的な要素を取り払った前衛的な作品で波長が合わないと俺は異臭を感じるのね。何か、映像を見てるだけなのに悪臭が漂ってくる。理屈じゃなく感覚が悲鳴を上げてる感じ。そんな感触を久々に味わったわ。

それでも作品自体は否定しないよ。先に書いた通り崇拝者は数多く存在するし、肌に合わないのも俺自身の個人的な問題でしかない訳だから。ただ、いわゆるアングラ世代はこういった作品を認めないと君は本当に芸術という物が分かっていないねとかバカにされた事が容易に想像出来るので気の毒な時代だったなあ・・と同情したりして。

俺も今だからこうやって好き勝手な事を書けるけど、仮に60年代後半から70年代初頭にかけて20歳そこそこだったら好きでもない寺山作品をポーズ的に素晴らしい!とか言っちゃってたかも知れない。もう誰を敵に回したって関係ないから声を大にして言うけど、俺には全く理解不能です。好きだって人を非難したりはしないけどさ。

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