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2011年9月23日 (金)

病院で死ぬということ

110923

約20年前に刊行されベストセラーになったこの本を今更ながら読む。キッカケはこの本を参考に撮られた伊丹十三の大病人を観た事が大きい。大病人、世間的にえらく評判悪いけど俺は決して嫌いじゃないんで。

読んだ人も多いと思うけど、この本はまず決して幸福とは言えない病院での最期を迎えた患者さん達のエピソード5編、著者の転機となったエピソードを挟み、恵まれた最期を迎える事が出来た患者さん達のエピソード5編を収録したノンフィクション。後半の5編は泣けてきて、とても電車じゃ読めないので自宅で読む。

先の大病人にせよTIAでの緊急入院という、死が脳裏をかすめた今だからこそ身につまされてハートに響く。死そのものが他人事としか思えなかった10-20代の頃に読んでも今ほど感銘は受けなかったろうな。ただ、この本が刊行された20年前と今とではガン治療やホスピスの実状が大きく異なるので昔話になってる箇所とてなきにしもあらずだけど。

10-20代の頃って自分も何時かは死ぬという事を知りつつも、どうせそれは遠い遠い未来の話だと思ってたし実際そうだから自分の死に際の事とかあまり考えてない。まあ考えてる人も居るとは思うけど俺は考えてなかった。

ところがこの歳になると死って極めてリアルで、朧気ながら理想的な死に方を模索し始めたりする。仮に80歳まで生きるにせよ、もう折り返し地点は過ぎてる訳だからね。

俺には昔から一つの持論があり、如何に充実した人生を送ろうとも死ぬ5分前に辛い事があれば気分良く死ねないし、辛く悲しい人生でも死ぬ5分前にハッピーな事があれば素晴らしき哉、人生!と思いつつ死ねる。すなわち死に際で人生は決まると思ってる。

この本も基本的にはそこを世に問う内容になってる。家族に見守られ静かに人生を終えようとする矢先に、医師の自己満足としか思えない延命治療で人権を侵害するのは如何なる物か、と。それが正しいか否かはデリケートな問題なので俺もコメントは控えるけど、俺自身が死ぬ時には冒頭の5編より後半の5編みたいな死に方をさせて貰いたいと切に思う。

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