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COVERS Grace of The Guitar+ 森恵

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2012年10月 4日 (木)

気仙沼から帰って

中継撮影業務もつつがなく終了。仕事の話は書けない事も多いからノーコメントとさせていただき気仙沼市訪問記を・・

8月の下見から帰ってきた時、Google画像検索で震災直後の気仙沼市の状況を確認してみたんだけど、現在モニュメント化してる第十八共徳丸の乗り上げ現場付近は何処が道路なのかすら分からない文字通り瓦礫の山。今は綺麗に撤去されて道路も信号機も機能してるものの、さてこれからどう再建していこうかという段階らしく、家の土台だけ残して何もなくなってしまった場所が広範囲に渡ってる。この光景を見ると人生観まで変わってしまう。観光気分で来て良い場所じゃないから、俺も仕事で気仙沼入りしなければ生涯見る事のなかった風景かもしれない。

そんな一見すると分譲地的ですらある何もなくなってしまった場所に、土台がしっかりしていて流されはしなかったものの1・2階部分が倒壊した建物も点在してる。そういった建物へ無責任にカメラを向けるのもはばかられるので自粛してたけど、この建物だけは撮らずにいられなかった。

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俺らが泊まったホテル近くにあるパチンコ屋。見ての通り1階部分が綺麗さっぱりなくなってる。恐らくは漁港の人達で日々賑わってた場所なんだろうな。パチ好きには胸の痛む光景。ちなみに裏手へ回ると、あり得ない程に鉄骨がひん曲がってた。津波の恐るべき力を物語る。

1210042

なお、下の画像が俺らの泊まったホテル一景閣。こちらも2階部分までダメージを受けてるけど、しっかり営業されてた。

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今は何もないところにポツンと建ってる印象なれど、震災前の様子を見ると普通に繁華街だったらしい。

まだまだ復興には時間がかかりそうだけど魚市場は凄く活気に満ちていた。そこばかり出入りしてると、ここが被災地だという事を忘れてしまう程に。一日も早くこの町全体が魚市場同様の活気を取り戻せるよう祈るしかない。

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