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2014年5月15日 (木)

思ひ出の新宿ミラノ座

近年の話を書いても仕方ないのでTHE昭和な、俺が10代だった頃の話限定。但し、最初の2本だけは10代ですらない9歳の頃の話。

前記通り、初めて観たのはタワーリング・インフェルノで、確か日曜の第1回上映。それも少し遅れて冒頭を見損なってるから時間的には午前11時頃か。火事の映画を見せてやるという事前情報のみで親父に連れられて暗がりに入っていくとバカでかいスクリーンに映画が投影されてて、登場人物が意味の分からない言葉を喋ってた事が凄く印象に残ってる。

洋画という物を観るのも初めてで、画面の下に表示される文字が字幕と呼ばれる台詞の訳だという事にようやく気付いた頃、スクリーン上では81階から出火して大騒動の幕開け。そこから先はガクガク震えながら映画の世界に没頭し、映画が終わって劇場を出ると外は明るくて、長い夢から覚めたような何とも言えない感覚に襲われた事を昨日の事のように思い出す。39年も前の話なのに。

次のミラノ座体験は旧サイトにも幾度となく書いた通り1976年の2月、観た映画はジョーズ。鳴り物入りの正月映画として75年12月上旬に封切られ、公開から3ヶ月近く経過していたにもかかわらず満員御礼。これはもうホント、若いシネフィルへの自慢のタネ。だってさあ・・ あのジョーズを満席の新宿ミラノ座で観られたんだぜ。こんな贅沢な経験、今じゃ幾ら金を積んだって出来ないよ。

そこから少し間を空けて77年の4月にエアポート77を観る。つまらなかったけど、その一週間後に脳卒中で入院し、他界する親父と一緒に観た最後の映画という意味で印象深い。

次はリチャード・ドナー版スーパーマンになるのかな。映画自体もそれなりに面白かったけど、それ以上にオープニングタイトルクレジットのSマークをミラノ座の大画面でリアルタイムに体感出来たのが今となっては自慢のタネ。思わずいや~、映画ってホントにいいものですねと言いたくなる血湧き肉躍る瞬間。しかし、今の若きシネフィルはこの決まり文句もサヨナラサヨナラサヨナラも、来週はモアベターよも知らないんだろうなあ・・

その1年後ぐらいに2001年宇宙の旅を観たのもこの劇場。あの時は別の映画がプログラミングされてたものの(確か北海ハイジャック)それが打ち切りになっちゃって穴埋め的に短期間2001年~が公開された筈。伝説化してるSF映画の金字塔という事でワクワクしながら見始めたけど、14歳のクソガキには難し過ぎたかな。なんか訳が分からないまま終わっちゃった印象。

あ、思い出した。スーパーマンと2001年~の間にメテオを観てるわ。大隕石が地球と衝突する話で、予告を観た時は大興奮でメチャメチャ期待したけど肝心の中身は・・・ってな感じの映画。未だDVD化されてない所からも作品クオリティがうかがい知れるというもの。

その次は82年のE.T.まで飛んじゃうのかな。もう古い話だからよく覚えてないや。ちなみに俺、満席の映画館があまり好きじゃなかったから土日や平日の最終上映はいつも避けてたんだけど、やはりE.T.はどの時間帯も満席だったね。これもジョーズ同様、今となっては自慢のタネ。

10代最後に新宿ミラノ座で観た映画は確かイーストウッドのペイルライダー。あ、イーストウッドって書いた途端に思い出したけどマックィーンの遺作ハンターもミラノ座で観た。劇中マックィーンが着てたMA-1をロビーで売ってて、親にねだって買ってもらったんだ。当時はまだフライトジャケットが世間に浸透しておらず、同級生に何だその変な服とか言われたっけ。

あー、また忘れてた。小六の時にコンボイを観たのもミラノ座だ。しかもお袋同伴で。当時口八丁手八丁で口説き落としたんだと思うけど、バカ息子のわがままでコンボイに付き合わせたお袋へ今更ながら深くお詫びします。

こんな調子で、ちょっと記憶を掘り下げると色々出てくるから他にも何本か観てると思うけど、今もよく覚えてるのはこの程度。あと、劇場前に置かれたテレビモニターでリピート再生されてる予告編を観る為だけに中野から新宿まで連日チャリで足を伸ばしたのも今となっては良き思い出。

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