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COVERS Grace of The Guitar+ 森恵

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2015年5月29日 (金)

奥多摩ロープウェイかわの駅跡へ行ってみたら

週間予報を見るとぼちぼち梅雨入りっぽいし、今日も午後から雨が降りそう。だったら午前中のうちに前回見られなかった奥多摩ロープウェイかわの駅跡を見に行こうと思い立ちZRX1100で通算4度目の奥多摩行き。

前回は画像右にある坂道を登っていったら狭くて曲がりくねった私道があるだけでかわの駅へは辿り着けず。帰宅後、webで調べたら逆側の側道から入れる事が分かった。

こちらがその側道。で、坂道を登ってみたら・・


ああ無情の立入禁止。webに数多くある廃墟系サイトの紹介文を読むと数年前までは普通に単車で登って行けたらしいんだけどね。

まあ見張りが立ってる訳じゃないし、ちょいと跨げば入れちゃうんだけど当局のKEEP OUTテープが貼られてる以上、ここを踏み越えたら立派な不法侵入。そんな訳でかわの駅跡見学は泣く泣く諦める事に。

ちなみに先日行ってきたみとうさんぐち駅の入り口も片側交互通行の工事中で入れなくなってた。今後どうなるか分からないけど前回行った時に見られたのは幸運だったかも。

2015年5月22日 (金)

旧日立航空機株式会社立川工場変電所

廃墟ネタをもうひとつ・・と言いつつ、こちらは廃墟じゃなく指定文化財。廃墟系サイトを見てたらここの事も紹介されてて、場所が自宅から非常に近いので(車で5-6分)ちょっと現物を見に行こうと思って。

昨日は午後から原宿の病院で診察があり、地元へ戻ってきたのが日没寸前で、慌てて映ちゃん号スピアーノに乗り、お目当ての変電所がある東大和市の公園に着いた時はマジックアワー。そんな訳でたまたまだけど妙にノスタルジックな情景となった。

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壁面にある無数の穴は第二次大戦下の3回に渡る空襲による弾痕ですと。しかも驚くべき事に解説文を読むと、この外観のまま補修される事なく平成5年まで現役の変電所として活躍してたんだそうな。その頃は既に立川へ越してきてたなあ。

ついでに書くとこの公園の隣にイトーヨーカードーがあり、それこそ何10回も利用してるのにこの文化財の存在には全く気付かなかった。まあ、広い公園の中心部にポツンと佇む建物だから、こういう史跡に興味がある人や地元民じゃなければ気付かないのも当然か。

画像ではそこそこ明るく見えるけど実際はもっと暗かったので画像だけ収めてすぐ帰ってきちゃった。次はもう少し明るい時間に来てまじまじ観察しようと思ってる。何しろ近いから何時だって来られるし。

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2015年5月21日 (木)

奥多摩ロープウェイ跡を見に行く

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先月中旬に単車を購入してから3度目の奥多摩行き。天気の良い休みの日は何時も100km前後走るので約1ヶ月間の走行距離が1000km近い。俺的にはかなりの使用頻度と言える。何しろ20年前に乗ってたCBX750FもFZR1000も年間1000km前後しか乗らずに手放しちゃったからね。それだけZRX1100とは相性が良いって事か、或いはブランクが長かった所以か。

しかし、これだけ頻繁に峠を走ってもタイヤの側面はこんな調子で全然攻め込んでない。まあ、いい年こいてタイヤのサイドを使い切るような走り方を公道でするのは決して褒められた行為じゃないし、歳相応の走りって事でいいんじゃないのかな。

さておき、今回の奥多摩行きは走り以外にも目的があり、廃墟マニアにはお馴染みの奥多摩ロープウェイ跡をこの目で見ようかと思って。

正直言うとこの奥多摩ロープウェイの事は最近まで知らなかった。正丸峠へ走りに行った後、四つんば女の事をwebで調べてたら心霊スポット系サイトに紹介されてて初めて知ったのでした。実際は心霊スポットじゃなく、単に出そうな雰囲気の場所って事なんだそうな。

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場所的には奥多摩湖側の周遊道路入り口にある川野駐車場の近くにみとうさんぐち駅、湖を挟んで数キロ先にかわの駅。まずはみとうさんぐち駅を目指す事に。

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道路沿いに古びた石階段があり、特に立ち入り禁止じゃないので誰でも登る事が出来る。

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但し、途中から階段がなくなり、未舗装の山道を登る事になる。悪天候だと滑り落ちる危険があるので要注意。で、もう少し登ると駅の入り口が見えてくる。

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いやあ、雰囲気あるねえ。ちなみにwebで得た情報によると奥多摩ロープウェイが稼働していたのは昭和36年から41年まで。すなわち、俺が生まれた年から放置状態という事。49年も経過した割には綺麗な状態を保ってるね。

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後ろを振り返るとアニメ画風の落書きが。これ、夜中に見たら怖そうだな。

折角だから逆側のかわの駅も見て帰りたかったんだけど入り口が分からなくて帰って来ちゃった。帰宅後webで調べると国道からちょっと脇道にそれて細い坂道を登ればみとうさんぐち駅よりも断然行きやすい場所にあるらしいので、次回奥多摩へ走りに行った時のお楽しみにしようかと思ってる。

2012年1月18日 (水)

ウエスタン村跡 訪問記

日光のウエスタン村のオープンが何時なのかは知らないけど、恐らく1960年代末から70年代初頭と思われる。Webで調べると閉館は2007年。つい最近までやってたんだね。西部劇が世間一般に浸透してた頃はそれなりに需要があったんだろうけど、今や一部のマニアにしか相手にされないジャンルだから過疎化するのも当然と言えば当然。

この辺は昨今劇場公開される西部劇の本数を考えれば至極納得。60年代に本場アメリカの西部劇が衰退の一途を辿っていた時、マカロニウエスタンという救世主の登場により活気を取り戻したものの70年代中期以降は年に数10本、80年代になると更に減って90年代以降は瀕死の状態。21世紀に入ったら新作西部劇なんて指折りでしょ。そういう意味でもこのテーマパークは使命を全うしたと言っていい。

関係者の話を聞くとウエスタン村は映画の撮影にも協力的だったそうな。そんな事もあり、既に閉館してたものの拙作地獄の決闘の企画が立ち上がった時には撮影許可を貰おうと管理者へ連絡を試みた。でも結局は連絡が取れずウエスタン村ロケは諦めるしかなくなった。仮に許可が下りて、ここで撮影が出来たら今とは随分趣の異なる地獄の決闘が仕上がってたろうな。

Webを徘徊すると複数の廃墟マニアがここに忍び込んで撮った画像をアップしてる。確かにちょっと柵を越えれば簡単に入れちゃうんだけど、そういう事すると下手したらタイ━━━━||Φ|(|゚|∀|゚|)|Φ||━━━━ホ!!!されちゃうので、俺は外から見える箇所の撮影に止めた。一番印象的だったのは入り口の看板で、あまりの過疎化に看板のガンマンも血の涙を流していたのでした。

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